上田城へ行ってきました。
父の実家が長野県上田市でしたので、帰省した時に行ってきました。

上田合戦で徳川軍を真田氏が2回も破った難攻不落の名城。
第二次上田合戦では、その後、関ヶ原の戦いへ行く途中に上田城を攻め入った、その後の徳川二代将軍になる徳川秀忠率いる東軍をおよそ3万8000にわずか2,000の兵で勝利し、秀忠軍は、関ヶ原の戦いに間に合わず、家康が秀忠との面会を拒否するほど激怒したと言われています。

上田合戦で徳川軍を真田氏が2回も破った難攻不落の名城。
第二次上田合戦では、その後、関ヶ原の戦いへ行く途中に上田城を攻め入った、その後の徳川二代将軍になる徳川秀忠率いる東軍をおよそ3万8000にわずか2,000の兵で勝利し、秀忠軍は、関ヶ原の戦いに間に合わず、家康が秀忠との面会を拒否するほど激怒したと言われています。
ご注意
この記事は、2009年01月28日 に作成されたものです。
現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。

東虎口櫓門の城壁にある大きな真田石


築城は真田昌幸で次男は真田十勇士で有名な真田幸村(信繁)、長男は関ヶ原の戦いで東軍についた信之。
関ヶ原の戦いでは、昌幸・幸村父子が西軍(豊臣方)、信之は東軍(徳川方)に分かれ戦うも東軍勝利で終わり上田合戦の因縁もあり家康により上田城は壊されます。信之が東軍で戦ったため、真田家はお家取潰しこそ逃れたものの上田から松代に移封されました。
移封後、上田城は仙石氏により再建され、松平氏と城主が変わっていきます。



上田城跡は櫓と東虎口櫓門が残っているだけで城内には真田神社があり公園になっています。
BS熱中夜話の日本の城 前編で「お城ファンが選んだ 好きな城ベスト10」では、姫路城、大阪城を抑えて1位に選ばれた人気のお城です。

上田駅前に立つ、真田幸村像と真田家家紋の六連銭
上田城 - Wikipedia
上田城(うえだじょう)は長野県上田市二の丸(旧・信濃国小県郡上田)にあった城である。
上田盆地の北部に位置し、千曲川の分流である尼ヶ淵に面していたので、築城当初は「尼ヶ淵城」と呼ばれることもあった。北に太郎山、南に千曲川があり、築城前は土豪小泉氏の古い城館が存在したと伝えられる。城の南側は千曲川に接し、北側と西側に矢出沢川を引き込み総構えとし、唯一の攻め口である東側にも蛭沢川や湿地帯などがある。
【関連リンク】
▲▽ 上田市文化財マップ・上田城跡
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